国家の品格旅行記

延辺日本人会 定期総会開催 市内史跡巡り大好評!② 延吉捕虜収容所(by enyasuさん)

国家の品格
延吉捕虜収容所跡地、現在の軍隊、病院、教会へ。

延吉市地図(現在の市内電子地図)
  • http://yanji.map.banruo.net/map.asp


  • 延吉市街図(戦時中との対比)
  • http://yb.gnk.cc/date01/map01.html

  • ※延辺日中文化交流センター 広報課 森正課長作成

    以後のこの旅行記で登場する歴史年表及びそれに関する文章は森正課長の研究によるものです。御本人から許可をもらっており、森正課長自身も以前延吉に在住し、こうした研究を通し、延吉に生きた日本人のその生き様を世に知らせたいという思いがあります。わたしも同感です。

    新田次郎 『望郷』 あとがきより
    「この小説は、中共軍技術者として、延辺地区軍司令部にいたころから、胡盧島までの私の歩いた道を小説として書いたものである。ほんとうは、終戦の年の延吉捕虜収容所のことから書けばよかったが、一冬の間に、二万とも、三万ともいわれる病死者を出したこの収容所の生活はあまりにも悲惨に過ぎていて、なんとしても書くことができなかった。引揚げる途中私は、もし、生き帰ったら、この経験をなんらかのかたちで発表したいと、となりにいた男に話したら、その男は即座に、ぜひそうしてくれ、そのときには望郷という題にしたらいいといった。私はそうしようと約束した。その男は、それから一週間後に死んだ。その男の名前も、前歴も、出身地も忘れてしまったけれども、彼がいった望郷という二字は私の頭に焼きついて消えなかった」

    ◆延吉と新田次郎
    (1912~1980。本名は藤原寛人) 山岳小説・歴史小説などで有名な小説家の新田次郎も敗戦後の一時期を延吉で過ごした。新京(長春)で敗戦を迎えたのち家族とともに北朝鮮に移動したものの、新田次郎一人はソ連の捕虜となり延吉に送られる。1945年10月末から1945年12月31日までの2ヶ月を延吉捕虜収容所に入れられたのちに突然釈放。八路軍の技術者として雇われ冬を過ごし、夏になって日本人捕虜大隊の一員として胡盧島(遼寧省)より引揚げを果たした。日本引揚げまでの経験は『望郷』『豆満江』『七人の逃亡兵』(『新田次郎全集9巻』にすべて収録)に書かれているが、延吉捕虜収容所の経験は簡単にしか書かれていない。ちなみに『流れる星は生きている』の著者、藤原ていは夫人で、『国家の品格』『この国のけじめ』の藤原正彦は息子です。



    【旅行時期】2006/09/23~2006/09/23
    【エリア】吉林省
    【テーマ】海外移住・ロングステイ
    【投稿者】enyasu

    国家の品格【02】蛮族が武器で世界を支配する(by 片瀬貴文さん)

    国家の品格
    国家の品格【02】蛮族が武器で世界を支配する

    日本が国家の品格を取り戻すことは、いかに時間がかかろうと、自国と世界の両方にとって、最重要課題である。

    近現代5世紀ぐらいを振り返ると、「欧米にしてやられた時代」としか言いようがない。

    世界は完全に、欧米に支配されてしまった。
    ルネッサンス、宗教革命、科学革命、産業革命がヨーロッパに起きたことが、決定的だった。

    産業革命で作り出した強力な武器があれば、腕力は乏しくても、勇猛なアジアやアフリカの人々を倒すことができる。

    産業革命の家元イギリスが七つの海を武力で支配し、その後をアメリカに引き継いだ。

    その結果、今世界の子供たちは、泣きながら英語を勉強している。
    侵略者の言葉を学ばなければ、生きてゆけないのだから。

    5世紀から15世紀までの、中世のヨーロッパは、王侯間の抗争が続いており、無知と貧困と戦いに彩られていた。
    「蛮族」の集まりだった。

    一方日本は、十分に洗練された文化を持っていた。
    文化的洗練度の指標である文学を見ても、万葉集から源氏物語、徒然草等々、百花繚乱の感じがする。

    この十世紀間の文学作品を比べると、質と量の双方で、全ヨーロッパよりも日本一国が優れている。

    たとえば英文学では、15世紀以前の作品として「カンタベリー物語」くらいしか、頭に浮かばない。

    以上、藤原雅彦著「国家の品格」(新潮新書)より、私の意見を交えながら、抄録を作りました。

    【旅行時期】2006/01/~2006/01/
    【エリア】東京都
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】片瀬貴文

    国家の品格【01】この本の魔力(by 片瀬貴文さん)

    国家の品格
    2006-02-19

    藤原正彦著「国家の品格」(新潮新書)を、一週間ほどで読み切った。
    これは私の読書では、異例の速さである。

    私には、何冊かの本を併行して読む癖がある。
    現在も小説「クオレ」「アメリカ文明史」「ギリシア歴史」などを読んでいるが、「国家の品格」を読み始めてからは、これらの本は全て後回しとなった。

    それ程この本には、それほど私をひきつける、魔力があったのだ。

    その魔力とは、いったい何なのだろう。
    一口で言えば「ズバリさ」ではないだろうか。

    数学者らしい、明快な割り切り方。
    あるいは私自身潜在的に感じていたことを、大体は言い難い事だが、言い切ってしまう勇気。
    それがこの本の魔力だったと思う。

    内容についても、視点が新鮮である。
    これまでの社会常識を、説得性のしっかりした論調で、ドンドン打ち破っておられる。

    読み進むにつれて「そうだ!」「その通り!」と、つい興奮してしまう。
    もちろん、理解できない所もある。
    首を傾げたくなる所も、僅かだがあった。

    しかし、私のこの本から受けた感動を、皆さんに是非伝えたい。
    そう思って、この本の主なところを勝手に抜き取り、私の感想や意見も交えながら、これから紹介したい。

    なお著者の藤原正彦さんは、作家新田次郎、藤原ていの次男であり、現在お茶の水女子大教授である。
    1943年生まれだから、私の13歳下の方だ。

    【旅行時期】2006/01/~2006/01/
    【エリア】大阪府
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】片瀬貴文

    斉田直行作「ドラえもん」【4】漫画で緻密になれるか?(by ソフィさん)

    国家の品格
    斉田さんの文章を続ける。

    先にドラえもんが漫画の主人公と書いたが、正確には、主人公は野比のび太という小学校4年の男の子である。
    ドラえもんはその子守り役として同居しているのだ。

    のび太は愛すべき男の子だが怠け者で、成績も悪くて親からよく叱られるし、友達からいじめも受ける。
    それをかばうのがドラえもんの重要な役目である。

    ドラえもんはのび太護衛のためにいろいろの道具を持っている。
    その数1700といわれ、この道具を使っての縦横無尽の活躍が、この漫画の中核をなしている。

    ドラえもんはこの道具を懐から出し入れするのだが、懐は<四次元ポケット>に繋がっているから、格納スペースが不足することはない。
    つまり三次元的寸法がいくら大きくても、道具の数がいくら多くても収納可能なのである。

    ドラえもんの道具は、忍術使い猿飛佐助の巻物や、手で印を結んで姿を消す隠とんの術に通じるところがあり、私も大いに興味をそそられる。

    <ドラえもん>をインターネットで検索すると、詳しいデータが出てくるので、その一つを紹介する。  「
  • http://www15.ocn.ne.jp/
  • ~slar/01.html」

    さてドラえもんを考察するのだが、考察すると言っても、今更漫画の存在や、漫画ファンの存在を否定することは出来ない。

    むしろドラえもんによって、戦後の子どもたちが夢を持ち、空想をたくましゅうし、未来に希望を持って成長して来たことを評価しなければなるまい。

    ただ漫画というメディアを仲介とするだけに、論理性や思考力の養成には物足りないものがあった。
    また漫画の性格上、短い話し言葉を主体とした会話ばかりだから、情緒の細やかな日本文や、情景の描写法を勉強することにはならなかった。

    (続く)

    【3】でも漫画の限界に触れたが、漫画ばかりで生きていると、国語の力が充分に深まらない。
    国語の力が浅いということは、自分の考えが浅いということと考える。

    「最近の若い人たちは、内容は何もないのに英語はペラペラしゃべるから、日本人の中身が空っぽであることがすっかりバレてしまいました」(藤原正彦著「国家の品格」新潮新書p.42より)

    【旅行時期】2006/01/31~2006/01/31
    【エリア】甲子園・尼崎・伊丹・宝塚
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】ソフィ

    国家の品格とは?

    『国家の品格』(こっかのひんかく)は、新潮新書から2005年11月20日に出版された藤原正彦の著書である。
    もともとは、藤原が講演で述べた内容を基礎にした本である。そのため、文体は口語調で、「妻を筆頭に殴りたい女性はたくさんいます」、「(什 (会津藩)#什の掟 什の掟は)最後の七つ目以外は納得できます」といったユーモアが効いたものになっている。西洋、特にアメリカの「論理学 論理万能主義」を批判し「だめなものはだめ」と主張。グローバリズムなどを真っ向から否定し、自国の伝統や美意識などを重んじることを説いた。
    世界で唯一の「情緒と形の文明」を持つ日本の“国家の品位 (人品) 品格”を取り戻すことを書いた。本文中には前著のタイトルでもある「祖国とは国語」と言う言葉が複数箇所で用いられている。

    国家の品格の詳細